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逗子と平家物語 ~六代御前~

逗子には『六代御前』と呼ばれている場所があります。

地元では、すっかり地名として馴染んでいますが、ここには史跡『六代御前のお墓』があります。

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大きなケヤキの木に守られるようにして、静かに佇む六代御前の墓

六代御前と聞いて、それが誰なのかピンとくる人は、地元の人でもそう多くはないと思います。
なぜなら、本来ならまさか逗子にいるはずもない人物なのです。
 
六代御前は、本名を平高清といい、平家物語でもお馴染の平清盛の曾孫にあたります。
六代とは平家の初代を正盛として―忠盛―清盛―重盛―維盛―高清
平家の六代目に当たるところから、そう呼ばれていました。

平家の六代目の嫡男であり、そして彼を最後に平家の血は絶えます。
平家終焉の地がこの逗子であり、栄華を極めた一族所縁のお墓がひっそりとあることに、少し驚きを感じます。

六代御前は、平家が壇ノ浦で滅亡したとき、京都の菖蒲谷に隠れているところを捕らえられ、処刑されそうになるのですが、文覚上人が頼朝にとりなし、一命をとりとめます。
文覚上人は、頼朝に源氏の挙兵を促した人物であり、さしもの頼朝も断れなかったのでしょうか。
あるいは、頼朝自身も源氏の棟梁でありながら、平清盛に生かされた身の上である事で、情が動いたのでしょうか。

こうして、六代はしばらくは平穏に過ごし、仏道修行に励んでおりました。
ですが、正治元年源頼朝が病死し、文覚上人が流罪になると、後ろ盾のなくなった六代は、北条時政の手によって再び捕らえられ、この田越川付近で斬首となります…

「三位の禅師(六代御前)斬られて後、平家の子孫は永く絶えにけり。」
と平家物語でもその嘆きを語っています。
(詳しくは 『平家物語』巻第十二 泊瀬六代の事  付 六代斬られの事 )


ですが、いまでは、そんな物悲しさも感じられず
田越川の傍で、静かにひっそりとたたずんでいる『六代御前のお墓』

逗子の風景の中に溶け込み、今は穏やかに眠っているようです。


六代御前の墓 (3)


六代御前の墓


六代御前の墓 (4)


逗子海岸へとゆったり流れる田越川沿いは、桜山の緑をバックに風情ある景色が望めます。


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秋の散策

10月に入って、大分秋らしい気候になってまいりました。
まだ汗ばむ日もありますが、散策が気持ちのいいこの時期に
気軽に楽しめるお散歩コースが、逗子・葉山・鎌倉には沢山あります。

例えば、蘆花記念公園~郷土資料館
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(以前、紅葉スポットとしてもブログでご紹介しました→関連記事はコチラ


逗子海岸からほど近い蘆花記念公園は、桜山の住宅地の一角にあります。
公園の名前になっている「蘆花」というのは
逗子にゆかりの深い明治の文豪「徳富蘆花」にちなんだものです。
※郷土資料館には、この徳富蘆花をはじめとする逗子ゆかりの文学者の資料や地域の民俗・考古資料が展示されています。
<逗子市郷土資料館>

蘆花記念公園から郷土資料館へは坂道を登っていきます。
舗装された細道を覆うように木々が茂り、あと一か月もすれば見事な紅葉のアーチが楽しめそうです。

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道の脇にはポツポツと立て札が立っており、見ると蘆花の記した文章が書かれています。
それは、この辺りの季節の風景を記したものでした。

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坂道をゆっくり登って5分ほどで郷土資料館につきました。

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(郷土資料館からの眺望)


郷土資料館で中の展示物を見るもよし、お庭で休憩するもよし
坂道を登ってきた体にちょうどいい憩いのひと時です。

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帰りは下り坂なので楽々です。
時間と体力がゆるせば、このまま逗子海岸へと散歩の距離を延ばしてみるのも一案です♪


門の傍の立て札から (徳富蘆花 『自然と人生』より)
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逗子海岸の夕陽の美しさは明治も今も変わらないようです…



豊かな緑と青い海
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